トゥーゲントハット邸
トゥーゲントハット邸は、1928年から1930年にかけてチェコスロバキア(現チェコ領内)のブルノに建てられた邸宅である。ドイツのモダニズム建築家ミース・ファン・デル・ローエの代表作のひとつと見なされており、チェコスロバキアの機能主義的建築物の中では、最重要にして最も美しいものである。
1929年に建設が始まり1930年に竣工した。完成するとすぐに、モダニズム建築にとっての一種のイコンとなった。
本来の所有者であるトゥーゲントハット一家は、ユダヤ系であったことから、切迫したナチス・ドイツの迫害を恐れ、スイスへと移住した。彼らはその後ベネズエラへ渡り、二度と戻ってくることはなかった。
第二次世界大戦中には、ドイツ人たちが占領し、この邸宅にメッサーシュミット社の研究事務所を置いた。ドイツの敗北後はロシア人たちが占領したが、こうした占領期間中に、邸宅は大いに荒らされた。
1955年に、邸宅はチェコスロバキアの国有となり、子供たちの再教育センターがおかれた。1963年には歴史的文化財の指定を受け、修復も始まったが、冷戦の影響によって質の面で問題が生じた。
例えば、ブラジル産の高級木材を調達するのも、チェコスロバキアにとっては非常に困難なことであり、多かれ少なかれ納得のいく代用品が用いられることになった。
1992年には、この邸宅でチェコ側のヴァーツラフ・クラウスとスロバキア側のヴラジミール・メチアルが会談を持ち、翌年にチェコスロバキアを解体するための調印式を行った。